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説教(3月27日)

■題目:「親なる神の愛に抱かれる時である」

■説教:和田康伸 教区長

■御言訓読:

天聖経・真の神様(P69)

 神様が今まで人間に愛を与えたからといって、「私は完全にすべて与えたのに、あなたたちはなぜくれないのか」と、このように言えますか。

 絶対的な愛をもった神様は、今でも与えたい愛をすべて与えられずに、もどかしく思っていらっしゃいます。自己を主張することができない神様です。

 完全な愛を与えようとしたのが神様の人間創造の目的ならば、神様は今まで完全な愛を与えられなかったので、人間世界に対して愛を与えたいと思われる神様です。そのような神様なので、考えるほどよいのです。

 「私はすべて与えたので、これからはあなた方がもってきなさい」とおっしゃる神様ならば、必要ないのです。

 神様は、私たちに愛を与えるとき、どれくらい与えたいと思われるのでしょうか。神様の愛はこれくらいならよいだろうという限界を引いて与える、そのような愛ではありません。

 無限に与えようとする愛です。神様はすべて与えても、「あなたと共に、あなたの中で生きたい」と言われます。そのようにさせる本質とは何でしょうか。愛です。神様も愛の中に入り、僕になってもよいとおっしゃるのです。

 父は、愛する息子が自分の食卓の上に上がってうんちをしても、それを眺めて喜びを感じるのです。愛は法を超越します。

■説教内容

 私たちは人間を、また宇宙を創造された原因的存在である神様のことを知らなければなりません。この人生と宇宙に関する根本的な問題を解決するためには原因的存在である神様を知らなければならないのです。考えてみれば統一原理全体が、神様がどういうお方かということを説明していると言えると思います。

神様の事情と心情はどうであるかを私たちに具体的に伝えてくれています。その中でも神様がどういう存在で私たちとどのような関係かということは、創造原理の第1節、神の二性性相と被造世界で、神と人間の関係は親子の関係であり、父子の因縁で結ばれた関係であると説明しています。
 
私は、お父様が真理の探求を進められる過程の中で、いつ神様に出会われたのか、それは原理の解明を成されている段階の比較的早い時期に神様に出会われたのではないかと考えてきました。

皆様もご存じのようにお父様は16歳の時にイエス様に出会われました。そして、メシアとしての使命を告知されたところから、お父様の歩みが出発されるわけであります。16歳から専ら真理の解明のために歩まれ、9年をかけて原理を解明されたというお話を聞いています。

その真理探求のプロセスの中でいつお父様は神様と出会われ たのか?お父様は神様が親であるという一言を聞いて、来る日も来る日も泣かれたということです。

真理の解明においてお父様が最もてこずったといわれているというところは堕落論の第6節、「何故神様が人間の堕落に干渉されなかったか?」と聞かされていましたが、どうもそうではないようです。

実際、お父様の自叙伝の88ページを読んでみると、

「日本留学を終えて祖国に ~中略~ それま でそうしても解けなかった疑問についに答えを得たのです。それは一瞬の出来事でした。あたかも火の塊が私の体を通り抜けたかのようでした。

「神様と私たちは父と子の関係である。それゆえ、神様は人類の苦痛をご覧になって、あのように悲しんでいらっしゃるのだ。」という悟りを得た瞬間、宇宙のあらゆる秘密が解かれました。

人類が神様の命令に背いて、堕落の道を歩む中で起こったすべての出来事が、映写機が回るように私の目の前にはっきりと広がりました。目から熱い涙がとめどなく流れ落ちました。私はひざまずいてひれ伏したまま、容易に起き上がることができませんでした。

子供のころ、父に背負われて家に帰った日のように、神様の膝に顔を伏せて涙を流したのです。イエス様に出会って9年目にして、ようやく父の真の愛に目覚めたのでした。」

すなわち、お父様が神様は親であるということを知り、そのことを初めて本当に体験されたのは実に真理探究の一番最後の段階であって、それゆえ、すべての問題は最後に解けたのでありました。

私たちのすべての問題の解決は親なる神様のもとに帰らなければ解決できません。究極的には神様が親であり、親である神様がわたしたちを愛しているということを知ることがすべての問題解決の糸口となるのです。

今日に至るまで6000年の復帰摂理歴史は善悪の闘い、アベルとカインの闘いでした。それが歴史を貫いてきた基本的な構図でありました。すべての問題はアベルとカインの問題というところに行きつきます。

さて、このひと時、アダムの家庭について考えてみましょう。
アダム家庭の摂理の目的はその家庭にメシアを迎える事でした。神様はその目的を中心としてこの家庭に接しました。その結果はどうだったでしょう。カインとアベルが、神様から願いを受けて、それぞれ供え物を持っていくことに なりました。

神様はアベルとアベルの供え物を顧みられましたが、カインの物は顧みられませんでした。カインは大変憤って顔を伏せたとあります。この二人を比べるとカインが年上で、苦労もしており経験もアベルよりはありました。
苦労という点でも、一般的に考えても、アベルの方が苦労は少なかったと思いますし、経験も少なかったと思います。

反対に考えてみると、カインの方が顧みられたかもしれません。この時アベルは自己牧会するのに、自分が顧みられなかったのは当然のことだと納得できたでしょうし、兄であるカインを殺そうなどとは考えなかったでしょう。

残念ながら、現実にはその逆であり、事は複雑でした、なのでカインは大変憤ったのでした。皆様は、神様を知り、愛のお方と信じていらっしゃいます。しかし、カインはその時、神様をどのように見たでしょうか。ああ私の親だとそのように思ったでしょうか。そういう境遇に立ったとしたら、私たちは神様が私の親だと思ったでしょうか。カインもそのように思えませんでした。

皆さん、私たちが原理を読んでみると、それぞれの摂理に教訓があり、そのひとつには、「神は人間の責任分担に干渉することができない」とあります。それはどういうことでしょうか。つまり落胆するカインに優しく慰労し、希望を与えてあげて、さらにホワイトボードを持ってきて原理講義をしてあげたとしたらどうでしょうか?

カインとしては、なるほどと言ってアベルと一体化してメシアを迎える基台ができたでしょう。しかしそこにサタンが登場します。「神様、あなたは人間の責任分担に干渉した!」神様が干渉したその時からアダム家庭の摂理は失敗に終わるということになるのです。

すべての摂理の教訓に「神は人間の責任分担に干渉することができない。」とあります。何度も何度も書かれてあります。神様の心情圏に立ってみると神様としては、本当に干渉したかったのですが、干渉することができませんでした。

責任分担という問題がなければ、神様はカインをかき抱き、あなたを愛していると言って、希望を与えてあげたかったに違いありません。私たちはその神様の事情と心情を知ることができますが、しかし、神様はそうすることができませんでした。そこに親としての無念さと悔しさを持っておられました。アベルとカインの双方に対して親としての心情を持っておりその心情に何の変りもありませんでした。

そういう心情を持って、神様はカインのことをどんなにつらかっただろうと、心ではアベルとカインが一体化してメシアを迎えるための基台が造成されることを望んで、じっと注視しておられたのでしたが、神様の見た光景はカインがアベルを殺すという最悪ものでした。

こういう歴史をずっと見てこられたのが神様であります。そして、私たちがどれくらい神様の事情と心情が分かる息子、娘なのか、私たちは、自分自身に問うてみなければならないのであります。私たちが苦しい立場にあるとき、親なる神様の愛を確信して歩んできたのか、私たちは親なる神様の心情を中心として歩んできたのか、自分自身に問うてみ なければなりません。

今は摂理的大きな転換期であり、日本が変わっていく 時、私たちが変わっていかなければならない時だと感じます。先日、文亨進世界会長様が来られた時に大変深いみ言を語ってくださいました。父母様について、メシアについて、「今なぜあなた方がここに座っているのか、それは皆さんの背後において功労があったのかもしれません。しかし、人間的な内容は二の次です、何故ここに赦されて座っているのか。それは父母様がすべての蕩減を完全に果たしてくださったからです。 それ故に、功労あるなしにかかわらず、この場に私たちがいる事が出来ます。」と私たちのメシア観を一変させるようなお話でした。
それがはっきりしました。私たちには真の父母しかいません。私たちが持つべきただ一つの観念です。

3月11日に、東日本大震災という思ってもいないことが起きました。多くの死者と行方不明者の数、その一人一人が本当に尊い人々です。報道を通して様々な方の悲しみを見てきました。親を亡くした子供たちや、愛する妻を探して、避難所を回る男性の姿も見ました。妻子を亡くされた方もいらっしゃいました。多くの方の痛みや悲しみを見てきました。

メシアが現れる時はどういうときでしたでしょうか?それは第二次世界大戦後でありますが、その時の韓国や日本のそして世界の状況はどうだったでしょうか。
今の東北・三陸地方は戦後の東京の景色とまったく同じです。第二次世界大戦後は、世界の人々が多くの人々を失って、悲しみ、何もない、希望が無くなる中で真の父母様が現れ、天一国を創建していくのです。

今私たちは瓦礫のなかで何もない立場で、新しい出発をしていくのです。摂理的に同じ時を迎えたのではないでしょうか。本当に真の父母様を迎える時です。
イエス様は言われました。私よりも自分の親、兄弟を愛する者は私にふさわしくないと。
また、文亨進会長様は「私たちには真の父母しかいない。真の父母様がすべてだ。」と語られました。

原理には、原理の力より、愛の力が強いとあります。神様は私たちを原理ではなく、愛で主管したいがためでした。私たちの立場で見ると、今は義務感、使命感で歩むのではなく、神様と 真の父母様の愛に主管されながら、どうぞ、私が行かせてくださいと言って行く時代です。

そしてそれは、平坦な道ではなく、大変な道には違いありません。そうであるが故に、神様と真の父母様に親孝行したいと言って、どうぞ行かせてくださいと言って行く道なのです。
実際、教会の歴史を見ても、振り返ってみれば、涙にぬれた道でありました。多くの食口たちが、苦しんできました。

今この時にも、拉致監禁されて苦しんでいる食口もいます。それでも食口たち は神様と真の父母様に親孝行したいのです。神様には愛することができない事情がありました。
しかし、それは過去のことです。今は違います。

親なる神様に抱かれながら、真の父母様に抱かれながら、力強く前進する時です。イエス様は初めて神様が親であることを教えて下さいましたが、十字架につかなければなりませんでした。真の父母様は実体を持って示して下さいました。真の愛を示すことのできる時を迎えました。
神様は近くにおられ、苦労の時は決して離れることなく、私と苦労をともにして越えてゆかれる神様であります。

皆さんも何度かそのような経験をされたでしょう。神様の愛に抱かれて、新しい歴史創造の中心の立場に立たせて下さり、神様と真の父母様を証し出来る立場に立たせて下さっています。愛に主管されながら歩ませていただく私たち。神様に出会ったことに心から感謝しています。
神様のことを思えばもっともっと苦労させて下さいと言わざるを得ません。そのように行く時を迎えました。復帰の道を力強く前進していきましょう。

カテゴリー:今週の説教 - 11/03/30掲載

説教(3月20日)

■説教:文亨進 世界会長

■説教内容

皆さん、こんにちは。 日本に来られて嬉しく思います。
私達は今回の地震の時には真の父母様と共にアメリカに居ました。日本の地震の状況を見守っていましたが、お父様が日本の為にと私達を送って下さいました。お父様も日本の近くに居たいとおっしゃり、韓国に戻ってこられました。

このたびは、文孝進お兄さんの昇華3周年です。私と孝進兄さんとは20歳の開きが有り、親子ほどの差がありますので、私はお兄さんのことをあまりよく知ることがありませんでした。しかし孝進兄さんが孝子であった事は間違いありません。

指導者が部下をどのように育てるかを見れば、その指導者のことが良くわかります。孝進様に直接侍ってこられた方々は孝進様の逸話をたくさん語って下さいます。
その内容は、孝進様が本当にタフな侍(サムライ)であったと言う逸話です。

二世達に対しても、「どのように真の父母様に侍るのか、どのように生きるのか、どのように死ぬのかが大切だ。」とおっしゃいました。「孝子として死ぬのか、裏切り者として死ぬのか? 私が父母様を裏切ったならば私を殺してもいい。」とも言われました。
孝進様は苦しい人生を歩まれましたが、孝行がその根本にあります。

聖書「マタイによる福音書」第6章には、どのように祈るのかについての教えがあります。どのように祈ってはならないかについて教えているという事でもあります。
人に見せようとして会堂や大通りで祈る偽善者であってはならない。そうではなく、祈る時は自分の部屋に入って戸を閉めて、父に語りかけるように祈るのが孝行者であるということを教えています。

もともと私達が祈る時は、普通の場合 「私を助けてください、こんな問題があります、私を生かしてください。」という個人的な祈りから始まるはずです。しかしイエス様はまず始めに神様を称える言葉を口に出して祈ることを教えておられます。

天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。

その祈りの内容は世間一般の祈りとは逆なのです。私のために祈るのが一般的なのですが、それは祈りではないとイエス様は言われました。神の御国と御旨成就のために祈る必要があるのです。

日本では、いま多くの人が祈っています。
韓国でも少し前は危機にみまわれていました。潜水艦への攻撃、ヨンピョン島への攻撃、すぐにでも戦争になってしまいかねない状況でした。
私はその時お父様の指示で、ヨスに於いて精誠を捧げていました。しかし韓国の繁栄の為に祈ったのではありませんでした。神様がすべてを主管されることを祈っていました。

かつてイスラエルは中心国家になっていた国かもしれません。しかし神様に選ばれた国には神様を受け入れる責任があるのにもかかわらずイエス様を受け入れませんでした。イエス様が亡くなり、40年後にはエルサレムは潰されてしまいました。審判の時が来たのです。
選民の責任はその国の主を受け入れる必要があるのです。私達の願いではなく神様の願いの為に祈らなければならないのです。

日本で今回このような事が起こり、生きる事についても再び考えている人が大勢います。
日本が責任を果たせなかったので災害が起こったとは言わないで下さい。日本の精誠が足らなかったのでこのような災害が起きたと言わないで欲しい。それは正しくありません。

日本の食口の精誠のおかげで、日本の信仰のおかげで私たちは生きているのです。
日本の信仰に大きな拍手を致しましょう。

イエス様には様々な奇跡の話があります。その中に病人を治した話があります。
イエス様は「私があなたを治せると信じるか。」と尋ねました。そして「あなたの信仰があなたを救った。」と言われました。

お父様にはみ旨の秘密があります。絶対信仰、絶対愛、絶対服従です。これは単なる教えではありません。信仰生活の鎖です。核心内容なのです。

そのように信仰が鍵となっています。信仰なくしては神様の愛にまみえる事はできないのです。神様を感じられないという人はまず始めに信仰が必要なのです。

夫がその妻に対して愛していると1万回言ったとしても妻がその夫を信じていなければ愛しているという言葉には力がありません。本当に信頼に足る生き方をしている夫から言われた言葉こそが信じられるのです。

今、私が呼吸できていること、心臓が動いていること自体が神様の恩恵の中に居ることの証です。そのように恩恵を受けられるのは、私が良い人間だからではなくて神様の愛が偉大だからその愛を受け取ることが出来ているのです。

宗教と真理の違い
イエス様は偽宗教を激しく批判されました。正しくない宗教の有り方を批判しました。
アメリカでは14、5歳になればボーイフレンド、ガールフレンドが居ることが普通です。
デートしないと異常だと思われてしまいます。それゆえ、統一教会の法度通りに生きる事は楽ではありませんでしたが私は女性を近づけませんでした。それでも法度を守ったので天国に入る資格があると考えました。そして人々から尊敬されるべきだと考えました。

しかし、それが大きな罪でした。傲慢でした。原罪が無いからと言って罪人でないわけではありませんでした。真の父母の子女でありすべての法度を守ったのにもかかわらず罪人だったのです。私がそれを認めることはとても困難でした。

宗教と真理の違いがそこにあるのです。一般的に宗教は良い事をしたので神様の前に出る資格があると考えます。しかし真理では、それでもあなたは罪人であると考えます。私はその真理を認めることが出来なかったのです。

皆さんの中で、これまでに嘘をついたことが無いと言う人は居ますか?手を挙げた人はまさしく嘘つきなのです。私は小さい時お兄さんの鉛筆、消しゴム、そして時には飴も盗みました。

もしも人が他人の妻を見て 「あの男性と結婚していたなら。」 と思えば心の中で既に姦淫を犯したことになります。イエス様の基準ではそうなります。神様を恨み反逆しようと考える人は神聖冒瀆者と言います。神聖冒瀆、姦淫、泥棒、この世の中には神様の前に出られる人は誰もいません。夫が妻を無視するならば妻は怒ります。たびたびそのようにすると妻の心に傷をつけてしまいます。神様はいつもすぐ横に居られるのに私達はどれほど神様を無視しているでしょうか。それ自体が罪なのです。

宗教は、良い事を行ったので神様の前に出られると言いますがそれは間違いです。神様の愛があるからこそ神様の前に出られるのです。犠牲があったからこそ神様の前に出られるのです。私達がどんなに良くやっても人類の罪は蕩減出来ないのです。神様から出てきた神様の息子、その尊い方こそ蕩減できるのです。それは真のお父様です。祝福は私が何か上手くやったから受けられるものではなく、神様の恩寵によるものです。

一般的な宗教では修行して何か良くできるようになれば傲慢になってしまいます。法度を守る人が善人で、そうでない人が悪人というのが一般的です。しかしどんな人でもすべての法度を破らない人は居ません。そうである為に一般的宗教の終着点は傲慢か絶望になってしまいます。

真の宗教は真の方の犠牲により神の前に出ることが出来ると考えるので感謝になります。そして犠牲を知っているので謙虚になります。私達は真の宗教にならなければなりません。
神様の法度を守るのは、そうしないと地獄に落ちるからですか?それとも天国に行きたいからですか?夫が浮気をしないと言うルールを守る理由は、天国に行きたいからですか?
地獄に落ちない為ですか?

私が私の妻を愛しているからルールを守るのですね。本当に嬉しくルールを守ることが出来るのですね。どうですか、善なる夫の皆さん? 私達が法度を守るのは愛の為なのです。

絶対信仰、絶対愛、絶対服従の3つは鎖のように繋がっています。私が自分自身を省みる時に神様が私達を愛しておられることを感じるようになります。神様が私達を愛する理由は、神様の直接送り出された真の父母様が、死んでも、死んでも神様の前について行こうとされる愛ゆえに神様が私達を愛してくださるのです。

今回の危機は世界的危機の始まりです。太陽からの放射能が地球を襲うという予想もされています。では私達はどのようにその災難に備えるべきでしょうか?

私達が霊界に行った時に神様は私達に何を尋ねるでしょうか?
神様は、「あなたは私の息子である真の父母(文鮮明)を如何に愛したか。」と尋ねます。
神様の創造目的は何でしょうか。それは神様の真の愛の対象です。神様の真の愛の対象が生まれ、そこから家庭、民族、国家、世界へと拡大されていきます。神様の創造目的は真の愛の対象である真の御父母様のことなのです。

神様は真の父母様と全宇宙のどちらを取るでしょうか。宇宙を捨てて真の父母様を取るほど価値ある創造目的が真の父母様です。その真の父母様を愛していますか?
天運を受けようとするならば創造目的に立ち返ることが大切です。真の父母様を愛することが私達の責任なのです。これから来る災難をどう防ぎますか。人間の力では克服できないのです。人間より偉大な天運によって悪運を克服することが出来るのです。その源泉はどこから来るのでしょうか。

真の父母様億万歳(チャムプモニムオンマンセ)の言葉から出てきます。
すべての信仰、愛、忠孝、み言、服従、栄光がこの言葉に含まれています。私達が出しているどんな振動が、神様に通じるのでしょうか。

原点にもう一度返らなければなりません。韓国、香港、アフリカ、アメリカ、そして日本でもこの波が大きくなって来ています。真の父母様億万歳(チャムプモニムオンマンセ)で役事が起こり悔い改められた、病気が治った等驚くべき事が起こっています。

しかし私達の思いが大切です。私の病気を治してくださいと思って唱えるのではありません。清らかな思いで唱えるのです。私が死んだとしてもお父様にパワーを送ることが出来るように思ってその心情で唱えるのです。ただ神様と真の父母様にすべてのエネルギーを捧げる心情で唱えるのです。真の父母様億万歳の振動が広く展開することを願います。

この後、文亨進世界会長を中心に聖霊治癒礼拝が執り行われました。真の御父母様に対して礼拝参加者全員よるチャムプモニムオンマンセの波動が送られて感動的な礼拝となりました。

カテゴリー:今週の説教 - 11/03/23掲載

説教(3月13日)

■題目:「不幸なる出来事の中で、謙遜に祈りましょう」

■説教:宋 榮錫 総会長

■御言訓読:

マタイによる福音書(第10章37節)

わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。

マタイによる福音書(第22章37節~38節)

イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。
これがいちばん大切な、第一のいましめである。

ルカによる福音書(第17章33節~35節)

自分の命を救おうとするものは、それを失い、それを失うものは、保つのである。
あなたがたに言っておく。その夜、ふたりの男が一つ寝床にいるならば、ひとりは取り去られ、他のひとりは残されるであろう。
ふたりの女が一緒にうすをひいているならば、ひとりは取り去られ、他のひとりは残されるであろう。

■説教内容

2011年は天一国の新春です。古くなった葦は消えて、新しい葦が出る時代です。
2010年までは、サタン・悪魔が主人であった時代であり、この時代は悪魔の主管圏で、嘘、非理、権謀術数、非良心も一定期間は有効な時代でした。

しかし2011年は、新天新地の新春。凍った地が解けて、小川が流れる時代。

神様が真の父母になって、全体、全般、全権、全能の直接主管圏時代です。
境界線は、天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会(サタンを神様の家(天宙)から永遠に追い出した宣布の日)

今から神様が太初に成就されようとしていた、創造本然の理想世界、すなわちユートピア、パラダイス、地上天国、天井天国が実現する時代。自由と平和と幸せがあふれる時代です。

これからの3つのポイント

1.愛天

「神様を愛しなさい」→あなたの父母より、妻子より、主であるあなたの神様を愛しなさい。
神様を惚れるようにしなさい。

絶対信仰は運命を改革する。
そのようにしようとすれば、統一教(真の父母宗教)の入教と祝福を受けなければなりません。

神様の恨は、人間から「お父さん、お母さん」という言葉を聞かなければならないのに、その声を聞くことが出来なかった苦痛、孤独、苦労の悲しい神様でした。

しかし、6000年ぶりに文鮮明、メシア(第3アダム)、再臨主、真の父母が七死復活8段完成によって大勝利され、神様を人類の真の父母として、万王の王として、全体・全般・全権・全能の神様として直接主管される立場に立たれました。

そうすることによって今からは神様、お父様を探し求める者、3大祝福を受ける者だけが存在するようになり(純潔な人間:身心が一つになった者)。

サタン世界の残り:すなわち国境撤廃、ビザ撤廃によって四海同胞が同じ場所で、真の父母様に侍り生きる本然の世界に帰らなければなりません。

2.愛人

人類を愛するのです。(65億の人類救援:エバの使命)
人間は神様の前に、謙虚でなければなりません。

今度の東北関東大震災を通じて見られたように人間の弱さが現れました。それは津波の前では人間が作った物は、おもちゃにしか過ぎないということです。
ですから謙遜になって、神様の前に子女として、孝の道を行かなければなりません。

宗教と言うのは、根本的な孝の父を探し求める道。
宗教と言うのは、真の父母を捜し求める道。

真の父母宗教(統一教)が最後の宗教、ですから人類は今、天宙的な革命期です。
人格革命を通じて(純潔)、人類を愛して、神様の懐に帰らなければならない時代、この道だけが生きる道です。

3.愛国

地を愛しなさい、自然を愛しなさい、すなわち国を探し求めなければなりません。(天一国)
国を探し求めようとすれば、今までの国を神様の国に転換させなければなりません。

今までのものは全て臓物故買です。すべてのものを転換させなければなりません。
それが入教、3大祝福、天福函に侍ること(至聖所)、平和の種を撒くのです。

今年は死生決断、全力投球の年です。
死のうとする者は生き、生きようとする者は死ぬ。

個人及び氏族的メシヤをして天福函を氏族的次元で侍り、さらに教会的には、愛天、愛人、愛国の実践を通じて、世界65億の人類を祝福によって転換させて日本1億2千5百万人を伝道祝福させ、国民の各世代が神様の至聖所に侍る使命を果たさなければなりません。

カテゴリー:今週の説教 - 11/03/16掲載

説教(3月6日)

■題目:「天運を相続する者となろう」

■説教:和田康伸 教区長

■御言訓読:天聖経・地上生活と霊界

超感覚時代到来

 今に超感覚的な時代が来ます。霊通しない人がいない時が来ます。今から人々が地球星を襲撃する時代は過ぎ去り、霊人たちが襲撃します。サタン、悪魔が今、襲撃していますが、善なる霊たちが襲撃する時が来るのです。

そのような道を築くために、私がこうしているのです。子供に対する父母の立場を見ても、愛する立場、愛する心をもって、その子供のためにしてあげる父母がいるからいいのです。

 誰が否定しても、行かざるを得ない道です。死の道は、行かざるを得ないのです。一人で行くようになるときは、どうしますか。荒涼とした霊界が繰り広げられればどこに行くのでしょうか。

国籍がない民族はどこに行きますか。一番恐ろしい世界になります。そこにはサタンが来るだろうし、そこには天使も来るでしょう。

 死んでから目をぱっと開けたなら、霊界があるのが分かるようになるでしょうし、その時、サタンが引いていこうとすれば、どのようにしますか。

「おい、お前が先に立て」と言い、こうして飛びかかってくるでしょう。そのようなことが起こるのです。そのような道があると考える時、ここで眠気が来ますか。それは必然的な道です。

 先生は、死後にどのようになるか、そのようなことについて深刻です。私が霊界に行く日には、誰々が泣くだろうというのを、みなつくっておきました。孔子とか、釈迦とか、イエス様とか、彼らの秘密を私がみな知っているのです。

 イエス様に、「あなたはこうして死にませんでしたか」と言えば、「そうだとも。どうして先生はそのようなことがみな分かるのですか」と、そのように言うのです。そのようなことが分かるので、イエス様と友達にもなることができるのです。

 皆さんやキリスト教信徒は、イエス様を「主よ!主よ!」と言うかもしれませんが、先生はそのように言わないのです。友達の間柄なのです。このようなことを言うので「異端だ」と言われますが、誰が異端か、行ってみれば分かります。

 先生が霊界に行くときは、予想外に大騒動が起きるということを知っているために、こういうことをするのです。それが信じられないなら、すぐに祈ってみて、調べてみなさい。これが、統一教会の一つの脅迫のような言葉です。

祈ってみて、本当か、本当でないか、大きく違っていたら、このようになりますか。そのような内容がみな準備されているために、そのように言うのです。

 それゆえ、その道をついていくには大変ですが、私はその道を行くのです。皆さんはどこに行きますか。準備できていますか。死ぬようになった時には、「ああ、先生、私が死んで霊界に行くからお願いします」と、その時言っては準備できないのです。その準備は、地上でしなければなりません。

■説教内容

陽暦3月3日に興進様、大母様が東京に来られました。山形から出発し、先週は熊本、福岡、沖縄を回られた後に東京に来られました。東京では千葉ポートアリーナで7000名を超える参加者がいて、その中の2100名は新規、再復帰の方々でした。導かれて恵みの多かった大会であり、とても愛されて、天運を連結していただいて出発できた天基2年だと思います。

全ての祭事の表題は必ず決まった言葉で始まります。それは「天運相続」です。天運を相続して生活に生かしていかなければならなのに、まだまだ成されていない部分が多いです。

天運とは何でしょうか?
人生を考えてみた時に、努力だけで人生が決まるわけではありません。自分の生活体験を通して、周りの人の人生をみて、努力を超えた世界があるのだと思っています。それは運勢です。運勢が良ければ努力で成功し幸せになり、悪ければ努力が実りません。

私達は運勢を持っています。それは先祖の功労が大きいのです。先祖の背景が少なからず信仰生活に影響をおよぼしています。天運とはシンプルに考えると「神様の運勢、真の御父母様の運勢」です。祝福家庭たる統一食口は天運に連結されています。

私達は堕落によって霊的感性がなくなってしまいました。
サタンは霊的存在を否定します。もし私達が霊的世界を知ればサタンの正体をはっきり知ることになります。霊的無知の方がサタンは主管しやすいのです。

私達の分が悪いのはサタンが目に見えない事です。知らない間に近づき人間の心霊と知能を支配するのです。
サタンの存在を意識しながら、心の中・環境を分別しながらサタンに主管されないように生活するのが信仰生活です。

天運に連結してくださるのは神様の責任分担です。その天運を相続するかどうかは私達の5%です。
個人の運勢はなくても天運は連結されています。まず私達が信じていかなければなりません。
目に見えるものはないが、目に見えない天運があるのです。これからは善霊が襲撃する時です。

地上にいる統一食口が、4200億の絶対善霊が協助する基点となります。それが私達の天運です。
重要なことは、まず一番目は天運があることを信じること。今までは不可能だった扉がこれからは開いていきます。二番目は喜んで生活すること。喜びを見出していく力を身につけなければなりません。

心の中に喜びがあるのは天運を維持する秘訣です。三番目は原理的に生きること。為に生き、公的に奉仕すること。それが運勢を失わない秘訣であり、さらに運勢を良くする道です。
大母様は一ヶ月一名伝道しなさいと言われます。伝道は運勢を保つ秘訣です。

私達は一人一人霊的基台が違います。基台の中心は霊の子女の基台です。どのくらい守られるかは霊の子女により決まります。信仰生活を歩むには霊的基台を意識しないといけません。究極的には私のため、私の家庭のため、私の子女のために伝道しているのです。

神を中心とした真の家庭に近づく守りとなります。サタンとまともに闘うのは難しいです。盾となってくれるのが霊的子女です。

天運を相続する者となって、祝福家庭としてふさわしい価値をあらわし、喜び・感謝の生活をする私達となりましょう。

カテゴリー:今週の説教 - 11/03/08掲載

説教(2月27日)

■題目:「愛の革命の闘士となろう」

■説教:和田康伸 教区長

■御言訓読:マタイによる福音書(第5章11節-16節)

わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。

喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。

あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。

あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。

また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。

そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。

■説教内容

春になると何か希望に感じます。
今世界では様々な国が音を立てて崩れようとしています。
ベルリンの壁も崩れ、残された朝鮮半島の38度線もいよいよ近づいたのではないでしょうか。

真のご父母様は環太平洋が中心になりここを中心に世界が変わるとおっしゃいました。
TPP(互いの国が関税を全くゼロにする)関税が全くなくなるので経済分野では国境が無くなってきます。物が自由に行き来するようになります。

講演文に「国境撤廃」という言葉が出てきます。どのようにして国境がなくなるのでしょうか。
国がなくならない限り国境は無くなりません。国境撤廃=国撤廃です。

そして全く新しい世界が現れようとしています、国の概念ではとらえられない新しい概念の天一国であろうと思います。今そこに向かって立ち上がらないといけないと思います。

命の危険にさらされながら世界では革命がなされています。ただ見過ごすわけにはいきません。
いよいよ時が来たと思わないといけません。私達が打ち立てようとしているのは、天一国です。全く新しい国の形です。

最近の講演文では、最後にお父様の指示事項で終わっています。講演文によって私達に呼びかけているのです。

天基2年になり、天一国創建の勇士となりなさい。とみ言がありますが、武器を持って立ち上がるのではなく、み言をもって愛を持って立ち上がるのです。

私達に愛の革命家となって欲しいと、講演文を通して立ち上がって欲しいと真のご父母様は願っておられるのです。残されているのは私達がどういう風に立ち上がって、この天基2年の時を知らなければいけません。

D-Dayまでちょうど2年となりました。この2年で何をするか。毎日考えながら歩まないといけません。
天一国創建するのに何を持って立ち上がるのでしょうか?

ニュージーランドの地震では、将来世界の為に役にたちたい、本当に国、世界の為に役立ちたい人がたくさん犠牲になってしましました。
神様、真のご父母様を知らなくても世界の為に役立つ為に勉強や努力していた方々でした。

この2年もっと気持ちを高めて歩まないといけません。今この時、神様が期待するこの2年間ではないでしょうか?

私達は真のご父母様の愛に感動しました。愛の革命家となって真のご父母様が私達を変えました。真のご父母様こそ愛の革命家の先頭です。

ベルリンの壁も一日二日で崩壊しました。天一国創建も時が来たらあっという間に成されるのではないでしょうか。愛の革命の闘士となって天一国を打ち立てましょう!

今がまさに立ち上がる時です。真のご父母様から愛を受けた氏族メシヤとして何をどう闘うかが問われています。
明日ではなく今日からです。時が来たのです。

今、教会の玄関で二世達がならんで挨拶をしています。
挨拶は実践の始まりです。そういう時が来ました。これは二世本人の為でもあり、新しい時代が来た証拠です。

それを見て親たちはどう思うでしょうか?そこが問われています。
先週、ある二世が教会のトイレ掃除をしていました。これは神様を愛する行為であります。
教会はみ言を聞くだけの所ではなく、愛を実践する所なのです。カレー作りも同じです。

教会でお祈りしてくれる食口がいます。本当に有り難いです。こういう食口の精誠が変えて行くのです。
巷で、いわれのない悪口や罵倒、そんな中でも頑張る食口。これも私達にとって神を愛する行為です。

教会に来て頂いただけで有り難い。そのようにして食口の精誠が積み上げられるのです。

愛の世界を具体的に表現する。何遍「天一国創建」と叫んでも天一国は出来ないのです。実践をしなければいけません。挨拶、掃除、伝道活動、これらは全て天一国を創ろうとする行いです。

家庭で愛を実践することを、忘れてはいけないのです。一番近い相対者を愛する。家庭を愛し、愛を投入すれば、毎日が刺激的になります。そして対社会的に愛を実践するのです。社会に働きかけ、いかにこの教会が渉外活動の基地となれるか。それが願われています。

そしてあなたに従いたいという人に対して、私に従うのではなく、神様と真のご父母様に従って下さい。と言えるような私達にならないといけません。

真のご父母様は私達に方向性を教えてくれました。簡単ではないが、働きかけていくしかありません。天一国創建に向けての表に立っていかないといけないのです。
天の勇士・烈女であると、あらためて言い聞かせながら進んでいきましょう。

カテゴリー:今週の説教 - 11/03/08掲載
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