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今週の説教

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説教(11月28日)

■題目:「親の為に生きる者となろう!」

■説教:和田康伸 教区長

■御言訓読:「真の孝の生活」神様と真の御父母様(天聖経P2340-P2341)

 三千里半島の至る所で、3000万民族の代わりとなり、父のために忠孝を果たそうと誓う群れが現れることを先生は待ち望んでいます。

 皆さんが胎中にもいない時に、先生はこのような誓いをなしたのであり、皆さんがこのような道を行くことを夢にも思わなかった時に、既に先生はこのような道を歩んでいたのです。

涙が多いとすれば、3000万民族の誰にも劣らないほど涙が多いのです。誰かが現れて私に一言でも言えば、抑えることができずに痛哭してしまうでしょう。

 この世から見れば、先生は本当にかわいそうな人です。どれほどかわいそうでしょうか。心の安らぐ場所がありません。天地がどれほど広くても、心の安らぐ場所がないというのです。

イエス様が、「きつねには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子にはまくらする所がない」(マタイ8:20)とおっしゃいましたが、その心が理解できます。

 皆さんは、先生に対して、天の父母のように孝行したことがありますか。サタン世界に生まれて死んでいった数多くの孝子たちも、その国が追慕し得る孝子の碑を残したのではありませんか。

 また、いつ忠臣の道理を果たしたのかというのです。死ぬ最後の時まで、生命を捧げるまでは、孝子になることはできないのであり、忠臣になることはできないのではないですか。

 私は、そのような人を願いました。私が教育をしたのは、そのような人を願って教育したのです。それにもかかわらず、標準がすべてずれてしまいました。

 いつ皆さんが、本当の意味で国を愛し、本当の意味で兄弟を愛し、本当の意味で先生を愛し、本当の意味で先生の家庭を愛したことがありますか。

 蕩減復帰の原則において、いかなる孝子よりも、いかなる忠臣よりも勝っていなければならないのではありませんか。

 それが、「原理」が教えてくれている教示ではありませんか。そのような基準に立ったことがありますか。このようなことを皆さんは知らなければなりません。

 自分のために苦労してくださる父母の前に孝の道理を全うするためには、まず涙をもって父母を慰労し、引き受けた十字架を堂々と背負っていかなければなりません。

 あなたが歩んでこられた十字架の道は、子女を愛するがゆえに悲惨だったという事実を告げる心をもって、「父よ! これ以上苦労しないでください。父よ! 私のためにこれ以上心配しないでください!」と言える立場に立たなければなりません。

これが、今まで悲しみを受けながら歩んでこられた父母である神様の前に、立ち得る孝子の姿ではないでしょうか。

 このようなことを思うとき、今日、私たちは神様の前にあまりにも厚かましく、あまりにも傲慢だったという事実を発見するようになります。

カテゴリー:今週の説教 - 10/11/29掲載

説教(11月21日)

■題目:「天運に連結される私となろう!」

■説教:和田康伸 教区長

■御言訓読:創立以前の内的教会史(み旨と世界P596-P597)

 先生と出会うということは実に難しいことです。その出会いにおいて誤れば大変なことになるからです。先生が直接伝道していた人々の中にも、正しく出会わなかったがゆえに、自らを滅ぼしていった人々がたくさんいました。

 過去の歴史においても、主に正しく出会わなかった個人、家庭、氏族、国家は、最後には十字架に追われ滅亡していった事実を多く見ることができます。先生は最も重要な人物でありますが、それと同時にもし正しく出会わなければ最も難しい人物です。

 アメリカにとっても、もしあなた方アメリカ人が先生に正しく出会わないとすれば、先生があなた方の十字架になるかもしれません。

 世界もまた例外ではなく、正しく出会わなければ滅びていくほかありません。谷底へと転げゆく汽車のごとくに、下り坂をまっしぐらに駆け下りてきて、今にも谷底に転落せんとしていた人類史でしたが、先生はその滅びゆく個人、家庭、国家、世界と出会って、その滅亡を止めるために来たのです。

 神のみ業は、常に最も衝撃的革命的な逆転の業ですが、統一教会のなせることも正にそれでした。

 そしてあなた方は今、そういう運動に参加しているわけですが、歴史の重荷を自分のものとして担い、下向する歴史の方向を逆転せしめる原動力となるのは自分たちだと考え、それだけではなく実際に自分の肩にその重みを「重い」と感じている者でない限り、参加しているつもりでも、見物人にすぎません。

カテゴリー:今週の説教 - 10/11/22掲載

説教(11月14日)

■題目:「私の新生」

■説教:和田康伸 教区長

■御言訓読:ヨハネによる福音書(第8章 第1節~11節)

イエスはオリブ山に行かれた。
朝早くまた宮にはいられると、人々が皆みもとに集まってきたので、イエスはすわって彼らを教えておられた。

すると、律法学者たちやパリサイ人たちが、姦淫をしている時につかまえられた女をひっぱってきて、中に立たせた上、イエスに言った、

「先生、この女は姦淫の場でつかまえられました。モーセは律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」。

彼らがそう言ったのは、イエスをためして、訴える口実を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に何か書いておられた。

彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」。

そしてまた身をかがめて、地面に物を書きつづけられた。
これを聞くと、彼らは年寄から始めて、ひとりびとり出て行き、ついに、イエスだけになり、女は中にいたまま残された。

そこでイエスは身を起して女に言われた、「女よ、みんなはどこにいるか。あなたを罰する者はなかったのか」。

女は言った、「主よ、だれもございません」。イエスは言われた、「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」。

カテゴリー:今週の説教 - 10/11/15掲載

説教(11月7日)

■題目:「私達の根は天にある」

■説教:和田康伸 教区長

■御言訓読:ルカによる福音書(第15章 第11節~32節)

また言われた、「ある人に、ふたりのむすこがあった。
ところが、弟が父親に言った、『父よ、あなたの財産のうちでわたしがいただく分をください』。そこで、父はその身代をふたりに分けてやった。

それから幾日もたたないうちに、弟は自分のものを全部とりまとめて遠い所へ行き、そこで放蕩に身を持ちくずして財産を使い果した。
何もかも浪費してしまったのち、その地方にひどいききんがあったので、彼は食べることにも窮しはじめた。

そこで、その地方のある住民のところに行って身を寄せたところが、その人は彼を畑にやって豚を飼わせた。
彼は、豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと思うほどであったが、何もくれる人はなかった。

そこで彼は本心に立ちかえって言った、『父のところには食物のあり余っている雇人が大ぜいいるのに、わたしはここで飢えて死のうとしている。
立って、父のところへ帰って、こう言おう、父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。もう、あなたのむすこと呼ばれる資格はありません。どうぞ、雇人のひとり同様にしてください』。

そこで立って、父のところへ出かけた。まだ遠く離れていたのに、父は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り、その首をだいて接吻した。
むすこは父に言った、『父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。もうあなたのむすこと呼ばれる資格はありません』。

しかし父は僕たちに言いつけた、『さあ、早く、最上の着物を出してきてこの子に着せ、指輪を手にはめ、はきものを足にはかせなさい。
また、肥えた子牛を引いてきてほふりなさい。食べて楽しもうではないか。このむすこが死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから』。それから祝宴がはじまった。

ところが、兄は畑にいたが、帰ってきて家に近づくと、音楽や踊りの音が聞えたので、ひとりの僕を呼んで、『いったい、これは何事なのか』と尋ねた。
僕は答えた、『あなたのご兄弟がお帰りになりました。無事に迎えたというので、父上が肥えた子牛をほふらせなさったのです』。

兄はおこって家にはいろうとしなかったので、父が出てきてなだめると、兄は父にむかって言った、『わたしは何か年もあなたに仕えて、一度でもあなたの言いつけにそむいたことはなかったのに、友だちと楽しむために子やぎ一匹も下さったことはありません。

それだのに、遊女どもと一緒になって、あなたの身代を食いつぶしたこのあなたの子が帰ってくると、そのために肥えた子牛をほふりなさいました』。
すると父は言った、『子よ、あなたはいつもわたしと一緒にいるし、またわたしのものは全部あなたのものだ。

しかし、このあなたの弟は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである』」。

カテゴリー:今週の説教 - 10/11/08掲載

説教(10月31日)

宋 榮錫 総会長による全国インターネット礼拝が行われました。

カテゴリー:今週の説教 - 10/11/05掲載
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