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平和を愛する世界人として―文鮮明自叙伝
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説教(9月22日)

■題目:良く生きて、良く死んでいく

■説教者:堀 正一 教区長

■御言訓読:天聖経(P444・446 第4編 第3章 第3節 1・5)

1真の愛の人生は、二言で言うとために生きる人生です。人が自分のために与えてくれることを願う前に、まず人のために与える生き方です。そして、人のために与えたことを忘れてしまう生き方です。与えてあげたといって何かを期待する生き方ではありません。与えても、もっと多く与えることができずに心を痛める生き方です。

ために生きるにおいても、頭を下げて与える生き方です。それが父母の愛であり主人の愛です。人類の真の父母である神様がそうなのです。

5もし皆さんのために誰かが心から生命を尽くし、犠牲になりながら100パーセント与えた人がいるとすれば、皆さんの本心がその恩を返すのに、50パーセントはポケットに入れて、50パーセントだけ返したいと思うでしょうか。それとも、あるだけすべて返したいと思うでしょうか。誰でも、もっと返したいと思うのが人間の本心です。

 心から愛して与えたことを知れば、100パーセント以上返すというのです。このようにすることによって、ここに永遠という概念が設定されます。永遠が始まるのです。ですから、このような原則を立てざるを得ません。ここから発展と繁栄が広がるのです。

カテゴリー:今週の説教 - 13/09/25掲載

説教(9月15日)

■題目:3回目のペンテコステ

■説教者:堀 正一 教区長

■御言訓読:天聖経(P236 第2編 第4章 第5節 14)

第2編 真の父母
 第4章 真の父母と真の子女
  第5節 真の父母の心情の伝授と相続

先生は、死の境地に入っていくことがあっても、総合的な活動の背後を束ねて責任を果たさなければなりません。これは宿命的な路程なので、いかなることがあっても進まなければならないのであって、退いてはいけません。

真の父母からこのような精神を相続する皆さんの姿勢はどのようなものでなければなりませんか。

今まで皆さんは、思いどおりに生きてきました。しかし、先生の基盤を相続して、残りの生涯をかけて守っていくべき宿命的な使命が、皆さんに残っています。命を懸けて守っていくべき使命が、皆さんすべてに残ているのです。

カテゴリー:今週の説教 - 13/09/18掲載

説教(9月8日)

■題目:就任のあいさつ

■説教者:堀 正一 教区長

■御言訓読:天聖経(P1276-1277 第12編 第1章 第1節 8~9)

 永遠の神様の国は、一つの目的を中心として、一つの方向にのみ進むので、光明な姿で、明朗な姿で、力強く広がっていかなければなりません。いくらここが黒雲のようなもので塞がっていたとしても、それを貫いていかなければなりません。

 世の中の光は、雲に遮られれば影が生じますが、天の国の光は、その雲も突き抜けていくのです。その光と熱をもってそこに行けば、すべてのものが熱によって熱くなり、燃えてしまうのと同様に、なくなってしまうのです。

 神様の国は、どこから始まるのでしょうか。完成した人、その一人の中で成し遂げられるというのです。そのようになれば、神様は、私たちの心の中にいらっしゃいます。皆さんが原理を通して学び、知っているように、主体と対象、もしくは内外が完全に一つになった所には神様がいらっしゃいます。中心ができるのです。その主体と対象は、神様と共同の位置にいるようになるというのです。

 主体と対象が関係をもったすべてのものは、神様と関係を結ぶようになります。そのようになれば、アダムとエバが喜ぶものは神様も喜び、神様が喜ぶものはアダムとエバも喜ぶようになるというのです。関係を結んだ一切は、すべて共同の作用によって現れるという結論を下せるのです。

※この日は、堀 正一 教区長の就任礼拝でした。
 これからよろしくお願い致します。

カテゴリー:今週の説教 - 13/09/11掲載

説教(9月1日)

■題目:神の召命と今日の私

■説教者:和田康伸 教区長

■御言訓読

◆平和を愛する世界人として(P.66-P.67)

ところで、神はなぜ私を呼ばれたのでしょうか。九十歳(数え) になった今も、毎日、神がなぜ私を呼ばれたのかを考えます。この世の中の無数の人の中から、よりによってなぜ私を選ばれたのか。容貌が優れているとか、人格が素晴らしいとか、信念が強いとか、そういうことではありません。

私は頑固一徹で、愚直で、つまらない少年にすぎませんでした。私に取り柄があったとすれば、神を切に求める心、神に向かう切ない愛がそれだったと言えます。いつ、いかなる場所でも最も大切なものは愛です。

神は、愛の心を持って生き、苦難にぶつかっても愛の刀で苦悩を断ち切れる人を求めて、私を呼ばれたのです。私は何も自慢できるものがない田舎の少年でした。この年になっても、私はただひたすら神の愛だけに命を捧げて生きる愚直な男です。

◆天聖経(P.1645)

真のお父様の最後の祈り「すべて成し遂げた!」

きょう、最終的な完成、完結を成し遂げてお父様のみ前にお返しし、今までの一生をお父様にお捧げすることを知っておりますので、そのみ旨のままに、今は、精誠を捧げてすべての生を終了する時間を迎え、堕落のなかった本然のエデンの園に帰り、エバが過ちを犯し、アダムが引っ掛かった責任分担を、すべて超越できるようになりました。

あらゆることに対する解放、釈放の権限をもち、誰であっても父母様のあとに従いさえすれば、四次元においても、十四次元においても、地獄に行く者を天国に入籍させることができ、四次元の入籍と十四人の息子、娘たちを中心として、氏族的メシヤが国家を代表する名称となって三百八十七の国々(アペル国連圏百九十四ヵ国、カイン国連圏百九十三ヵ国)さえ復帰すれば、すべてが終わることを宣布します。そのためのあらゆることを、すべて成し遂げました。すべて成し遂げました。アーヂュ。(2012.8.13)

※この日は、和田康伸 教区長の離任礼拝でした。
長い間、ご指導頂きましてありがとうございました。

カテゴリー:今週の説教 - 13/09/04掲載
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