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説教(3月9日)

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■説教者:堀 正一 教区長

■御言訓読:天聖経(第9編 第2章 第1節 1.2.10.36)

1私たちは、還故郷して真の故郷に帰っていかなければなりませんが、故郷とはどこでしょうか。真の故郷は、愛のある所です。故郷は、「私」の動脈の血が歴史と共に動く所です。
私が成長するとき、その地方のすべての要素を吸収して大きくなったからです。私の細胞と共に、血と共に、心臓の鼓動と共に躍動する所です。愛の感情を抜き去ることのできない、深い内容が隠れている所が故郷です。故郷に行けば、誰を訪ねていくのでしょうか。故郷を訪ねるときは、父母の懐が慕わしくて訪ねていくのです。

2還故郷するためには、生命、愛、血統の三つの条件があります。これを実践するためには、命を懸けなければなりません。先生は、生命を懸けて数多くの峠を越えてきました。命を懸けて行うことに、新しい国の夜明けを告げる東方の朝の光が照らすのです。その国を照らす陽の光も神様の愛であり、それは千秋万代に続く伝統の光り輝く太陽となるのです。永遠に変わらない天の血統を受け継ぎ、その陽の光を受けてこそ、永遠に侍ることができるというのです。
 それは、人類の生命の本体である神様を象徴し、父母様を象徴するのです。父母様の伝統と天の復帰摂理の伝統を継承して生命と交換し、その交換したものが、世の中のいかなる脅威によっても取り除かれない主体性をもったと自負するようになるとき、新しい日を出発することになるのです。

10イエス様は、「預言者は、自分の郷里では歓迎されないものである」(ルカ四・二四)と言いました。ところが統一教会の先生は、皆さんに、どこへ行きなさいと言いましたか。故郷に行って先祖になりなさいというのです。そのような歴史はありませんでした。聖書にそのような教えはありません。
故郷では歓迎されないとあるのに、「今はもう故郷で歓迎を受ける時が来た」と語るのです。それは、先生のみ言であり、間違いなく天の経輪の中で現れるべき言葉です。ですから、故郷に行きなさいというのです。

36皆さんが故郷を訪ねていくのは、新しい種を植えるためです。アダムとエバの種が不出来な種になったので、皆さんを通して新しい種を植え、新しい根を下ろそうというのです。新しい種を植えるときは、肥料を与えなければなりません。ですから、悪口を浴びに行かなければならないのです。理解されない立場で悪口を浴び、苦労をたくさんしなければなりません。三年も必要ありません。六ヶ月あれば、すべて終わるというのです。

カテゴリー:今週の説教 - 14/03/12掲載
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