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説教(1月19日)

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■題目:怠け癖との戦い

■説教者:安 榮燮 局長

■御言訓読:

◇天聖経(第1編 第1章 第1節 39・43)

39皆さんは、神様の遍在性を、どのようにして感じることができるのでしょうか。空気を神様の息のように感じ、台風が吹いてくれば、それを神様の鼻の息のように感じなさいというのです。流れる水があるなら、それを、神様がこの世界のために受難の道を克服しながら流された汗のように感じなさいというのです。太陽を眺めれば、その太陽がこの宇宙全体の生命の要因を象徴していることを知って、神様の愛を太陽から学びなさいというのです。

神様の心情を体恤するための一つの教本であり、教材として展開させ、愛する息子、娘を喜ばせるための教材として立てておいたものが自然です。

43男性なら男性、女性なら女性は、すべて神様を身代わりします。神様がほかのところにいるのではありません。「私」の心の中にいます。ですから、祈るときは心と会話しなければなりません。神様は心の根にいます。

心をどんどん掘り下げれば、最高の良心の根に神様がいます。その次には、愛の根にいて、生命の根にいて、血統の根にいます。ですから、家でも感謝、社会に出ていっても感謝、国と世界のどこに行っても感謝なのです。天国に行っても、この公式どおりになります。どこに行っても通じるのです。それが地上天国であり、天上天国も同じです。

◇マタイによる福音書(第13章18節~23節)

そこで、種まきの譬を聞きなさい。
だれでも御国の言を聞いて悟らないならば、悪い者がきて、その人の心にまかれたものを奪いとって行く。道ばたにまかれたものというのは、そういう人のことである。

石地にまかれたものというのは、御言を聞くと、すぐに喜んで受ける人のことである。
その中に根がないので、しばらく続くだけであって、御言のために困難や迫害が起ってくると、すぐつまずいてしまう。
また、いばらの中にまかれたものとは、御言を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとが御言をふさぐので、実を結ばなくなる人のことである。

また、良い地にまかれたものとは、御言を聞いて悟る人のことであって、そういう人が実を結び、百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなるのである」。

カテゴリー:今週の説教 - 14/01/22掲載
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