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説教(2016年7月3日)

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■題目:真の父母のみ言相続

■説教者:堀 正一 教区長

■御言訓読:天聖経(第2編 第5章 第5節 1.18.19)

1皆さんの個体をどのように統一させるかということが問題です。皆さんの個体内で、心と体が分かれて毎日闘っているのですが、それは、神様のみ言で収拾しなければなりません。神様の人格と心情で収拾しなければなりません。私が私を愛することを神様が好まれ、私を立てておいて神様が認めなければなりません。

私が語ることを、神様がそのとおりだと認めなければならないのです。そのような実体になるためには、生活圏内で私をどのように統一させるのか、私自体内でどのように統一戦線を構築するかということが、最も急がれるのです。私がそのような実体になれるかということを知るために、出ていって構誠を尽くし、み言葉を伝播してみるのです。そのようにしてみれば、み言を中心として、神様が常に共にいらっしゃることを知るようになるでしょう。

18皆さんは、み言に対する伝統を立てなければなりません。そして、み言とともに一体となることができる人格を備えなければなりません。終わりの日の審判には、三大審判があります。その一番目はみ言の審判、二番目は人格審判、三番目は心情審判です。これが絶対的な基準になっています。

復帰の路程を歩んでいく人々は、最後に現れる一つの真理のみ言と一つになれる伝統を立てなければなりません。

19み言を中心として、一体となる伝統をどのようにして立てるのかということが、絶対的な問題です。み言はみ言、私たちは私たちというように、かけ離れていてはいけません。み言を中心として、自分を育てていくことができる人にならなければなりません。

絶対的な基準のみ言を中心として、伝統を立てなければなりません。み言を立てる時の先生の心の基準に、皆さんも接しなければならないのです。皆さんがみ言を学ぶとしても、み言を中心として学んだその基準で信じるためのものであって、完全なものではありません。そのみ言の背後に伝統的な基準が隠れているので、その基準を体得しなければなりません。ですから、より一層、み言に対する伝統を立てていかなければなりません。

カテゴリー:今週の説教 - 16/07/06掲載
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